ストーリー

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「希望が持てます」「未来を見ます」

「娘が白血病を発症し、強い化学療法を受けている時に主人が心労と疲労で他界してしまいました。途方に暮れるしかありませんでした。家族6人で頑張って生きていこうと決めました。経済的に大変な時期なので、基金の助成に本当に感謝しています。娘が将来、子どもが授かれる可能性を残せたことがすごく嬉しいです」

全国骨髄バンク推進連絡協議会の「こうのとりマリーン基金」による助成金で卵子保存をした患者や家族が協議会に送ってきた手紙(一部文章を略。以下同じ)の一つだ。これ以上、基金の意義がわかる文面はない。ほかに2例紹介する。

「娘が白血病と分かった時は19 歳。子どもが大好きで保育士を目指していました。その将来も自分の子どもも奪われるかもしれないという不安の中で卵子保存を考えましたが、高額な治療費が…。うちはひとり親家庭です。基金が無ければあきらめていたと思います。希望をもって頑張っていけます」

「私はまだ独り身ですので助成金は大変助かりました。何事も諦めず、前を向くことで夢が叶うと思えるようになりました。この機会を無駄にする事なく、体調を整え、未来を見ようと思いました。感謝申し上げます」

これらの手紙から卵子保存は「未来と希望の保存」でもあることが読み取れる。

基金が誕生したのは2013 年 11 月。東京マリーンロータリークラブ(のち他クラブと合併)が協議会に寄贈した1000万円の浄財をもとに発足した。赤ちゃんを運んでくるという鳥とクラブ名にちなんで、「こうのとりマリーン基金」と命名された。

基金を思いついたのは白血病の病床から「日本に骨髄バンクを」と叫び、実現への原動力になった当時協議会会長の大谷貴子(現顧問)だった。大谷は1986年、25歳で白血病と診断され、2年後、骨髄移植で生還した。移植前の抗がん剤治療で不妊の身になった。

知ったのは移植3年後。いつまでも生理が来ないのを不審に思い、検査に行った産婦人科で告げられた。

大谷にとっての人生の幸福とは「結婚して家庭をつくり、赤ちゃんを抱くこと」だった。「もう結婚も家庭もわが子も…」。絶望した大谷だったが、「この悲しさを他の患者に味あわせたくはない。病気に勝てば明るい未来があることを約束したい」と、若い患者の妊孕性温存問題を骨髄バンク設立に続くライフワークと決めた。

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ルーラー山口さん主催のチャリティー麻雀大会でスピーチする大谷貴子さん(右)とノブ・ハヤシ選手

基金は助成対象を経済的事情で卵子保存を断念していた女性患者に絞り、当初、体外受精や通院のための交通費なども含め、1 人上限 30 万円で開始した。

キャッチコピーは「あしたも、赤ちゃんも、きっと来るから」。のっけっから問い合わせが相次ぎ、昨年度末まで計 27 件約 620 万円の助成実績を積んだ。

だが、これまで運営は決して順調ではなかった。助成金は基金を取り崩して捻出するが、取り崩し分を埋めるほど寄付は集まらなかったのだ。協議会内部で危機が叫ばれた。

2018 年、上限を一気に5万円まで下げ、体外受精への助成を中止するなど苦渋の選択をした。ところが、魅力を失ったのか、今度は助成申請の減少を招いてしまった。

そこで協議会は翌 2019 年 4 月、クラウドファンディングに活路を求めた。大谷も協議会の他のメンバーも寄付獲得に奔走。その甲斐あってクラウドファンディングは成功裏に幕を閉じた。上限も倍の 10 万円に引き上げることができた。

発足当時こそ官民初の卵子保存費への助成だったが、後を追うように、白血病患者も対象に含めた「がん患者妊孕性温存治療費助成事業」を始める自治体が出てきた。上限は 20 万円(福岡、神奈川、広島各県ほか)など、ばらつきこそあれ基金を上回り、所得制限もほぼ無く助成が受けられるようになった。

もっとも、そんな自治体もまだ一部。基金の存在意義は失われなかったが、クラウドファンディングの最中から大谷は新たな課題を見出した。「基金と助成の一層の充実に加え、白血病患者の不妊という社会課題をこれまで関心のなかった層、特に若者たちに知ってもらう必要もある。どちらも発信力アップにつながる手法が必要だ」

課題がもう一つ出てきた。コロナ禍である。

「コロナの嵐の中で埋没してしまう」

新聞報道によると、2020 年 4~7 月の都内の献血者数は必要数に届かなかったという。献血バスや企業などの会議室を使った「集団献血」が相次いで中止になったことが大きかった。日本骨髄バンクへのドナー登録も低調になった。

免疫力が低下している白血病患者にとってウイルス自体が脅威だが、命綱のドナー登録者と献血不振も同じくらい脅威だ。

いろいろなボランティア団体がこぞってコロナによる苦境と支援の必要性を訴えた。「白血病患者の不妊という社会課題を世の人に知ってもらい、基金の充実を図りたい。コロナ禍で献血とドナー登録が不調だということも伝えたい。でもこのままでは患者支援運動全体が嵐の中で埋没する。いい方法はないものかしら」。大谷は深刻に考えた。

そのとき、大谷を尊敬する格闘家が「大谷さん。僕でできることがあったら何でもお手伝いします」と名乗りを上げた。元白血病患者のノブ・ハヤシ(42)だった。

ノブはK-1 チャンピオンを目指そうとしていた矢先に白血病を発症。2010 年1 月、実姉からの骨髄移植で生還後、2014 年 12 月、リング本格復帰を果たした。

前年、郷里の旧友で、同じく白血病を骨髄移植で克服したプロ麻雀士のルーラー山口(44)が主催する骨髄バンク支援のチャリティー麻雀大会に足を運んだ。会場で出会ったのが大谷だった。

ノブの「お手伝いする」という申し出に、大谷は「ありがとう。あなたがそう言ってくれて、とても心強いです」と感激した。

二人の志を具体的な形にすべく、ある提案をした人物がいた。この「どりサポ」を世に出した会社経営者山下敦(58)だった。

山下は高校野球の名門、東海大相模高校でエースを務めた元球児。大学を卒業し、社会に出た後も公私ともにアスリートたちとの交流を深めた。

その一つに、プロ野球の内海哲也投手(巨人→西武)がシーズン合計の投球回数(かつては三振数)と同じ数のランドセルを自費で児童養護施設に贈る「内海哲也ランドセル基金」があった。

母子家庭出身の内海から「自分ができる社会貢献をしたい」と聞かされた山下が考え、2010年のオフシーズンから始めた。その事務局を山下が務めた。

山下は、内海が毎年施設を訪れ、子どもたちの笑顔に接するごとに、野球と児童福祉、両方のモチベーションを上げる様子を目の当たりにした。内海に感化された後輩選手たちも施設に同行し、キャッチボールをするようになった。しばしばマスコミにも取り上げられた。

そんな経験から、山下は「厳しい勝負の世界に身を置くアスリートだって社会貢献に前向きな気持ちを秘めている。彼らの発信力で同志が集まり、ファンも注目すれば、社会貢献の輪をもっと広げられる」と確信した。

山下は「どりサポ web メディア」の取材を通じて大谷とノブと知り合った。山下は2人に言った。「患者のために人生を捧げるお二人に感銘しました。私がアスリートを主役にした、今までにないスタイルのクラウドファンディングを作ります。ノブさんたちアスリートの発信力で、寄付だけでなく献血やドナー登録減少といった社会課題も伝えたいと思います。私にはどれも人生初の挑戦ですが、ぜひ一緒にやらせてください」

かつて日本にはなかった骨髄バンクが誕生する原動力になった大谷は「前例のないことへの挑戦。それも患者のため。面白い。やりましょう」と決心し、ノブも「僕も頑張ります」と足並みをそろえた。

「アスリートの発信力で社会貢献の輪を」

山下が着目したのは「アスリートの発信力」だった。まずアスリートが自分のやりたい社会貢献を競技仲間や友人たちに知ってもらう。共感した人はそれぞれがSNSなどを使ってファンたちに発信し、支援を広げていく。そんな流れをつくろうと思った。

たどり着いた答えがアスリートを主役にしたクラウドファンディング「どりサポ」だった。山下は「これはチームプレーだ。キャプテンが必要だ。キャプテンには、長く社会貢献活動を続けているとか、経験に根差した哲学やストーリーの持ち主になってもらおう」と決めた。

「私が考えた『どりサポ』を舞台に、こうのとりマリーン基金の充実と妊孕性について情報発信し、ドナー登録と献血への協力を訴えましょう。ノブさん。ぜひ、最初のキャプテンになってください」。これが山下の提案だった。ノブも大谷も賛同し、ノブはキャプテン就任を快諾した。

周囲の反応も早かった。旧友のルーラー山口がキャプテンの脇を固める「スペシャルサポーター」就任を応諾した。さらに長年、日本骨髄バンクのPRに無償出演してきた元プロ野球選手の上原浩治、日本の女子ラクロス界を背負ってきたプロラクロスプレーヤーの山田幸代も「スペシャルサポーター」に名乗りを上げた。

プロレス界からは藤原組長こと藤原喜明、藤波辰爾、ノブと共にK-1で一世を風靡した天田ヒロミ、中迫剛、富平辰文、そしてあの王者ピーター・アーツ、KNOCK OUT フライ級王者の石井一成、ルンピニー、ラジャダムナン2冠王の吉成名高ら、輝かしい戦歴を持つレジェンドやチャンピオンたちが応援メッセージを送ってくれた。振付師のラッキィ池田、お笑いタレントでマラソン・カンボジア代表の猫ひろしなど格闘界以外の著名人からも届いた。

彼らのひと言ひと言がノブと大谷を勇気づけた。

さあ、アスリートの力でどこまで共感と社会貢献の輪を広げられるか。3人は寄付募集のゴールに設定した12月25日まで全力で走り続ける覚悟だ。

                                   (敬称略)

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